論文賞受賞一覧

2024年度 日本地域看護学会 表彰論文

原著
10代初産母親の逆境的小児期体験(ACE)の特徴と育児中の心身の健康,経済的状況との関連
大川聡子・眞壁美香・金谷志子・上野昌江
第26巻第1号,4-12,2023
◆ 選考理由
 10代初産母親の逆境的小児期体験(ACE)の特徴と、育児中の自尊心や育児感情、主観的健康感、経済的状況との関連を明らかにすることを目的とした研究である。調査は未就学児を育てる初産10代、20歳以上の母親各200名に対して、モバイルアンケートにより行われた。ACEに関連する事項を多重ロジスティック解析を用いて検討するとともに、パス解析にてACEが育児中の自尊心を経由して主観的健康感・育児感情と関連するというモデルの検討を行うことで、10代初産の母親に対する支援の在り方について考察されている。10代初産の母親の育児の困難さやACEとの関連は注目されているものの、実証的に明らかにされることは少なかった。本研究ではインターネットを使った調査を行い、最終的に自尊心を高める関わりの必要性という具体的な介入内容の考察に至っている。アクセスが困難な対象に対して考えられたデザインでアプローチしており、テーマの新規性が高く、社会的にも意義ある結果を導いていることから、優秀論文として選定した。
◆ 受賞者の声
 このたびは名誉ある日本地域看護学会優秀論文賞を賜り、誠にありがとうございます。調査にご協力いただきました、未就学のお子さんを子育て中のお母さま方に感謝を申し上げます。また貴重なご意見をいただいた安田裕子先生、白井千晶先生、正保正惠先生、小川久貴子先生、森田明美先生、甲田勝康先生、丁寧に査読を頂いた査読委員の先生方、温かいコメントをくださいました編集委員の先生、事務局の皆様に感謝を申し上げます。
 私は10代で子育てをする家族に必要な支援について、20年間研究を続けています。その中で、子育てに困難を感じ支援者が長期的にかかわる必要のある方もいらっしゃれば、年長のお母さんの中に飛び込んで生き生きと子育てされている方もおり、おなじ10代で出産されたお母さんで、何が違うのだろうと考えていました。アメリカに留学した際、ACE(逆境的小児期体験)の概念を知り、子育てに困難を感じる背景にACEがあるのではと考えました。本研究から、10代で出産したお母さんはACEをより多く経験しており、ACEが育児中のお母さんの自尊心を低下させ、主観的健康感の低下にもつながること、また家計の心配にも関連することが示され、ACEが多方面にわたり育児中のお母さんに影響を及ぼしていることがわかりました。
 近年、ACEを緩和する保護的・補償的体験(Positive ACE 以下PACE)と呼ばれる指標が開発され、成育歴における家族・友人、支援者、地域のかかわりがACEの影響を緩和することが指摘されています。こうした地域における支援者を育て、地域において支援が必要な人を支える土壌づくりは、保健師が最も得意とする技術であると感じています。今後は、ACEを多く経験しながらも希望をもって新しい家庭を築いていこうとする10代のご家族を支える地域づくりについて、保健師の皆様とともに検討できればと考えています。

 

研究報告
精神障がいを抱える親の妊娠期から学童期における支援ニーズ
加藤ねね・蔭山正子・岩崎りほ
第26巻第1号,32-40,2023
◆ 選考理由
 18歳未満の子をもつ精神障がいと診断されている親10人に対して半構造化面接を行い、得られたデータを質的帰納的に分析し、支援ニーズについて妊娠期から学童期までの時期別、支援者の違い別に整理したものである。
 本研究は学童期というあまり実施されてこなかった時期に焦点を当てている新規性があり、また当事者に対するインタビューから、子どもの時期別、職種・場所別にニーズが抽出されていることで実践的な価値も有している。対象のリクルート方法、対象数により、リテラシーの高い対象から得られたデータである限界はあるものの、今後、対象を広げることにより、一層の研究の発展が期待される。
◆ 受賞者の声
 本研究は、精神障がい当事者の子育てに関する支援ニーズを当事者の認識に基づいて具体的に記述することを目的としました。その結果、【病気で差別されない・しないようにしてほしい】【妊娠・授乳中に服薬の説明や症状悪化の備えが必要】【病状や障がいによる家事や育児のできないところを補う支援がほしい】【障がいを抱えながらでも親であれるように支えてほしい】【連携して親子を支援してほしい】【身近なところで気にかけて話を聞いてほしい】という6つの支援ニーズが明らかになりました。当事者の周産期における服薬や病状への支援、家事・育児負担の軽減、リカバリー志向の親支援、連携した支援、相談しやすい相談体制が必要だと考えられました。また本研究では、差別や偏見を受けないような対応や配慮、当事者自らも虐待せずにすむ支援、親という共通性に立つ支援、自分の障がいと障がい児の家族包括的な支援などが新たに記述されました。
 現在私は自治体の保健師として活動しており、実際に精神障がいを抱えながら子育てをしている方と関わる機会があります。精神障がいを抱えている方は、障がいの特性により、そのときによって支援者への対応が変わるなど、保健師としての支援が難しいと感じることが多くあります。この度の受賞をきっかけに論文を読み返し、精神障がいを抱えている親も、自身の障がいに悩み、誰かに助けてほしいというニーズを持っていることを改めて思い出しました。研究の成果を実践に活かせるよう、今後も保健師活動に取り組んで参りたいと思います。

 

研究報告
乳幼児虐待予防に向けて市町村保健師が支援の必要な「気になる親子」を判断するためのアセスメントの視点
飯塚瑞季,大澤真奈美,行田智子
第26巻第3号,31-42,2023
◆ 選考理由
 市町村に所属する10名の保健師に半構造化面接を行い、内容分析の方法を参考に質的帰納的分析を行うことで、支援の必要な「気になる親子」を判断するためのアセスメントの視点を明らかにすることを目的とした研究である。
 本研究はリスクが顕在化していない対象を見出すための保健師の暗黙知を言語化する試みであるといえ、予防的介入や経験の浅い保健師の教育にも活用可能な研究である。過去いわれてきた虐待ハイリスク要因との違いといった、本研究の位置づけがより明確化され、研究対象の地域の拡大が行われることで、実践への適応やアセスメントの精度の向上が期待される。
◆ 受賞者の声
 このたびは、日本地域看護学会奨励論文賞を賜り、大変光栄に存じます。受賞に対し、喜びと同時に研究者として今後も研鑚していかなければならないと身の引き締まる思いがしました。
 この研究は、自身が学生時代の保健師実習で抱いた疑問がきっかけでした。乳幼児健診や訪問等で、一見問題がなさそうにみえた親子に対して、カンファレンスで「気になる親子」として情報を共有していた場面から、「気になる親子」とはどんな親子なのかと、ごく日常的に使われているその言葉が私にとって研究課題となりました。
 乳幼児虐待予防の重要性が指摘される中、顕在するリスク要因を有する親子のみならず、何となく気になる、支援が必要と感じた「気になる親子」を把握し、確実に支援につなげていくことが求められています。本研究では、「気になる親子」を市町村保健師がどのように捉えているのか、アセスメントの視点が明らかにされました。また、判断においては、保健師自身の経験による見立てを積み重ねて磨かれた直感が働いていることへの示唆も得ました。これは、日ごろ地域に住むすべての親子を観察しているからこそ、数値でない感覚的な部分を判断できる保健師のスキルであると考えています。本研究成果をもとに、アセスメントを確認したり、保健師が経験を想起し、ほかの保健師へ伝えたりすることを通して、直感的な気づきを共有する機会をもたらすとともに、アセスメント力の向上に寄与できましたら嬉しく思います。
 本研究の遂行と論文の作成に当たっては、多くの貴重な経験をお話しいただいた保健師の皆様、研究の全過程を通して丁寧にご指導いただいた先生方、投稿論文を精査いただきました編集委員会や査読委員の方等、多くの方からご支援とご協力をいただきました。皆様のお力がなければ完成しなかった論文です。大変感謝しております。今後も継続的に研究に取り組み、研究成果の産出を通して感謝の意を表したく思います。

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